京都市、北区。世界遺産の上賀茂神社から歩いてわずか5分ほどの場所に建つ「京料理 さくらい」が、今回の取材の舞台です。
創業1923年(大正12年)。上賀茂神社の社家町に位置する歴史ある京料理のお店で、神社などでの婚礼の後の披露宴会場としても、多くの新郎新婦さまから支持されています。
和食の中でも、特に繊細さが求められる京料理の世界。3代目店主で京料理 さくらい代表の櫻井 登之(さくらい のぼる)さんに、お料理へのこだわりを伺いました。
京料理 さくらい代表 櫻井 登之さん
伝統的な町並みの中に建つ料理店
「京料理 さくらい」は、どのような場所にあるのでしょうか?
私どもの店は、京都市の北、世界遺産・上賀茂神社のほど近くにあります。この辺りは、平安時代から代々、上賀茂神社の神職の方々が住まわれている「社家町(しゃけまち)」と呼ばれる場所です。細い川沿いに土塀が連なる昔ながらの町並みは、全国で唯一、社家町として国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
店の入口では、古い佇まいを今に伝える「薬医門(やくいもん)」が皆さまをお迎えします。また、お食事いただく広間の外には、光あふれる回遊式庭園が位置しています。錦鯉が悠々と泳ぐ池を眺めていると、時間が止まったような感覚を覚えられるかもしれません。
披露宴会場としても使用される広間
結婚式でのお料理について、教えてください。
旬を重んじた、四季折々の献立をご提供しています。ですから、お出しするお料理の内容は、その時の食材の状況によって変わります。私たちの料理は、まず、素材ありき。朝に中央市場に出向き、必ず自分の目で見て選びます。
また、結婚式のお料理が通常と異なるのは、さまざまな決まりごとがある、という点です。たとえば、イチヂクは、漢字で「無花果」とも書き、花がつかない植物です。おめでたい席には使いません。意外と知られていないのですが、アユも「年魚」といって1年で生涯を終える魚で、縁起が良くないとの解釈があります。このような話は、祖父や父から代々、口伝えで教えられてきました。
そうなのですね。現代では、そういった言い伝えによる風習は減りつつある印象もありますが…
そうなのかもわかりません。世代間のつながりが薄くなり、色々なしきたりや慣習が希薄になっている面はあると思います。ですが、たとえ参加されているお客さまが誰ひとり気づかれなかったとしても、私たちは、結婚式にふさわしい御献立でお迎えしたいと思っています。お祝いの場をお預かりする側としての、大切な心構えですから。
調味料の原材料にまでこだわり、安心なものを使う
先ほど、素材へのこだわりのお話がありましたが、素材選びにはかなり気を遣っていらっしゃるようですね。
できる限り国内産の素材を使っています。魚、野菜、肉といった材料はもちろん、醤油やみりんなどの調味料を含めて。
たとえば、醤油は、⼤⾖と⻨は国産でも、塩だけは外国産、という製品もあります。外国産の塩がよくない、というわけでなく、私どもの勝手なこだわりでしょうか。このため、調味料に関しては、蔵元さんなどの製造メーカーさん頼みとなってしまいます。信頼して使わせてもらっていることに、感謝しています。
中でも、特にこだわっていらっしゃる素材はありますか?
おだしに使う、かつお節です。日本料理の世界には「椀刺し勝負」という昔からの言葉があります。お椀を召し上がって頂ければ、その店のすべてがわかる、とまで言われており、会席料理の命ともいえる大切な部分です。
私どもは、薩摩・枕崎産の本枯れ節を調理場で削っています。かつお節は、ピンク色の身の部分と、血合い(血管)の茶色い部分で成り立っています。私どもが削っていますかつお節は、この血合いを予め除いています。それゆえ、雑味のないクリアな味を「おだし」としてお楽しみ頂けます。
綺麗なピンク色をしたさくらいさんの鰹節
鰹節で出汁をとる時間は、30秒ほど。それより長いとえぐみが出てきますし、余計な味が出ますので。美味しい出汁がとれる時間というのは、本当にわずかな間です。
とても繊細な世界なのですね。
私どもは、素材の味を引き立てることに最も気を遣っています。「うす味と美味しさの両立」とでも申しましょうか。京料理の世界では、素材の持ち味を引き立てることを何よりも重視します。旬の素材はそのものが美味しいため、不要な味付けはしない、という考え方です。
料理人の仕事は、素材の風味を最大限に引き出すこと。日々、素材と向き合い、一番美味しく仕上げるにはどうすべきかを考えています。
お客さまの先入観を180度ひっくり返したい
お仕事をされていて、やりがいを感じるのはどのような時ですか?
「美味しい」と言っていただけるのはもちろんのこと、提供したお料理の味が、お客さまの想像を超えられた時が嬉しいです。さくらいでは、京乃唐墨®というオリジナルのカラスミを、調理・販売しています。お客さまの先入観が覆るときとでも申しましょうか…「しょっぱくてパサパサしているイメージのカラスミが、こんなに美味しいなんて驚きました」という声をいただいた時は、嬉しかったですね。
(京乃唐墨®ほか、さくらいさんの商品は、インターネットからもご購入いただけます:https://kyononitakimon.com/)
こんな食べ方したのは初めて、とか、嫌いだった食材が好きになりました、というお声を頂くと、料理人冥利に尽きるとでも申しましょうか。料理に携わっていてよかった、もっとがんばろう、という気持ちになります。
インターネットでも購入可能なさくらいさんの京乃唐墨®
またギフトセットを引き出物として、お使いいただく新郎新婦様もいらっしゃって、本当にありがたいかぎりです。このギフトセットは、おうちでも私どもの商品を召し上がっていただけるように、開発した甲斐があったと、涙が出るほどうれしく思いました。
簡単にお召し上がりいただけるギフトセットもご用意しています。
より美味しいお料理を提供されるため、常に思考錯誤されているのですね。
お客様に喜んでいただくため、新しい技術や調理法も積極的に取り入れるようにしています。しかし、その一方で、変わらずに守っていかなくてはいけない文化や伝統もあります。先に述べた、食材に関する向き不向きもその一例です。
私どもは、何かの節目節目にきちんと儀式を行うことは、日本人の精神性だと思っています。
集った親族が、同じ料理を食べ、同じお酒を酌み交わす。めまぐるしく変わっていく世の中においても、このような会食はきっとなくならないでしょう。
古きを大切にしつつ、新しき文化も取り入れる。それこそが、日本人の得意とするところ。代々受け継いできた伝統を守りながら、さらに良いものを提供できるよう、精進していきたいと思います。